不安型と回避型、追うのも逃げるのも性格のせいじゃない
編集部 · 公開2026-06-23
「不安型と回避型は相性が悪い」——そう書いてあるのを、何度か目にしたことがあると思います。追う人と逃げる人。最初から噛み合わない組み合わせ。だから、うまくいかないのも二人のタイプを足し算した結果なんだ、と。
その説明は、わかりやすい。わかりやすいぶん、少しだけ救いがありません。タイプが原因なら、変えようがないからです。
でも、ほんとうにそうでしょうか。この記事では、その「足し算」をいったん外して見てみます。すると、追う・逃げるは二人の属性ではなく、二人の「あいだ」で起きていることだと見えてきます。
追う・逃げるは性格ではなく二人のあいだの往復
返信が来なくなったときの自分を思い出してみてください。最初は普通に待っている。でも半日も空くと、だんだん落ち着かなくなる。「なんか悪いこと言ったかな」と前のやりとりを読み返したり、もう一通送ったほうがいいのかなと考え始めたり。そしてけっこうな確率で、軽い感じを装って追加で連絡してしまう——そういうこと、ありませんか。
すると相手は、なんていうか、余計に静かになる。返ってきても短い。それでまた焦る。ふと振り返ると、これ毎回同じ流れだなと気づく。自分が動くと相手が引いて、引かれると自分がもっと動く。どっちが先に始めたとも言えない感じで、気づいたら二人で同じところをぐるぐる回っている。「これって、私がただ重いだけなんだろうか」——そう思ったこと、ありませんか。
重いわけではありません。むしろ、あなたが自分の動きをそれだけ正確に見られているということです。ただ、さっきの言葉をひとつ拾わせてください。「どっちが先に始めたとも言えない」——ここが、いちばん大事なところなんです。
「私が重いだけ」という見方は、原因を自分ひとりの中に閉じ込めてしまう。でも実際に起きているのは、あなたが一通送る、相手が静かになる、その静けさにあなたがまた焦る——この往復ですよね。あなたの一手が相手の一手を呼んで、相手の一手があなたの次の一手を呼ぶ。どちらかが故障しているわけではなく、二人のあいだに回路ができてしまっている。だから「重い/重くない」で測ろうとすると、答えは出ません。重い・軽いは性格のものさしで、いま二人のあいだで起きているのは、性格ではなく動きだからです。
あなたの追う動きには、ちゃんと理由があります。返信が空いた時間を、あなたは「つながりが切れかけている」サインとして読む。だから、つい一通送って埋めにいく。すると相手は、あなたが送ったその一通を「相手に距離を詰められた」サインとして読んで、間合いを取り戻そうとする。同じ一通が、二人にまったく逆の意味で届いている。どちらも、自分なりに関係を守ろうとして動いているんです。守り方の向きが、ちょうど反対なだけで。
この「一手が次の一手を呼ぶ」という見方には、関係の研究のなかにも近い話があります。拒絶に敏感な人ほど、葛藤の場面で身構えた否定的な動きを先に出してしまい、それが相手から実際に冷たい反応を引き出してしまう——自分が恐れていた拒絶を、自分の動きが呼び寄せてしまう。そういう自己実現的な回りかたが、縦断研究で報告されています。(参考: 1)怖いから先に動く、その動きが、怖れていた結果を連れてくる。だから「どっちが先か」が言えなくなるのも、ただの印象の話ではないんです。
「返信が遅い」が「嫌われた」に化ける一瞬
返信が遅い。ただそれだけのことが、どうして「嫌われたかもしれない」にまで化けてしまうのか。送った一通を「ちょっとやりすぎたかな」と振り返り、相手が静かになったのも自分が引かせてしまったせいだと思う。そんなふうに、なりませんか。でも相手のほうは、ただ自分の間合いを取り戻そうとしているだけ、ということもある。あなたを嫌になったわけでは、べつにない。
そう考えると、気になってくることがあります。あの「半日空いた」とき、自分はほんとうは何を読み取っているんだろう。返信が遅い、ただそれだけのはずなのに、なぜ自分の中では毎回「つながりが切れかけている」という、わりと大きな話にまで一気に飛んでしまうのか。「ただ返信が遅い」という事実と、「つながりが切れかけている」という解釈のあいだには、とても大きな飛躍があります。そして、その飛躍の幅こそが、核心なんだと思います。
このとき自分は、空いた時間そのものを読んでいるのではありません。空白を読んでいるんです。返信が来ないあいだは、情報がゼロです。相手が何を考えているか、手がかりが一切ない。人は、その空っぽのところを放っておけません。何かで埋めようとする。そして埋めるときに使う材料は、たいてい自分の中にもうあるものなんです。
だから、空白に書き込むのが「切れかけている」だとしたら、それはその場で生まれた読みではなく、もっと前から手元にあった台本なんだと思います。沈黙を見たときに、いちばん早く立ち上がってくる物語。何度も再生してきたから、半日で起動するくらい滑りがよくなっている。
ここで大事なのは、その読みが「間違っている」と言いたいわけではないことです。相手が本当に少し引いていることだってある。ただ、事実は「返信が遅い」までで、そこから先は全部解釈なんです。遅い、で止められたら、何も起きない。でも止まれないのは、空白が怖いからで、その怖さには、もっと古い出どころがあるはずなんです。
このことは、研究の側からも同じ向きに支えられています。愛着不安の高い人は、葛藤やあいまいな場面で、相手の行動を「関係が脅かされている」という方向に読み取りやすく、その読み取りが感情的な苦痛を強め、結果として行動がエスカレートしていきやすい。(参考: 2, 3)空白そのものより、空白に書き込む読みのほうが先に動いている、ということです。
その「切れかけている」という物語を、いちばん最初に覚えたのはいつだったんだろう。たぶん、次の鍵はそこにあります。
その読み癖は壊れた性格ではなく身を守る工夫の名残
最初に覚えたのがいつだったか――正直、誰か特定の元恋人とか、はっきりした出来事を思い出すわけではないと思います。むしろ、もっと前からあった。そういうこと、ありませんか。
なんとなく浮かぶのは、子どものころ、家で機嫌が読めない感じです。親がふっと黙ったり、急にそっけなくなったときに、「あ、なんか自分のせいかも」とアンテナを張る。理由は教えてもらえなくて、ただ空気だけが変わる。だから、その空気を先に読んで、なんとかしようとする癖。これは、昔から身についていることが多いものです。こうした関わり方が育っていく道筋については、別のところでゆっくり触れます。
ただ、ここでこう思うかもしれません。その「昔からの癖」がわかったとして、じゃあ今のやりとりの中で、自分はどうしたらいいんだろう、と。原因が古いということは、逆に簡単には変えられないということでもありますよね。あの半日の空白を前にして、もう一通送らずにいられるものなんだろうか。
送らずにいられるか、と問われたら――最初のうちは、いられないと思います。それは正直に言っておきたいです。
ただ、ひとつ大事なことがあります。古いというのは、たしかに変えにくいということではあるんですが、同時に別のことも意味しているのかもしれません。そういう反応は、もっと幼いころには、すごく理にかなった動きだったのかもしれない、と私は思うんです。機嫌の理由を教えてもらえない場所で、空気の変化を先に読んで先に動く。それは、身を守るうえでは賢いやり方だったはずです。だとすれば、壊れているのではなく、よくできすぎていて、今も自動で走ってしまうだけ——そう考えることもできます。
そう思えると、半日の空白の前で、ひとつだけ隙間ができます。送る前に、「あ、いまあの古い台本が立ち上がってきたな」と、自分の反応に気づく一瞬です。送らないことが目標なんじゃありません。送る手を止めることより、まず、自分が何を読み取ろうとしているかに気づくこと。「切れかけている」ではなく、「返信が遅い、そして自分はいま、切れかけていると読みたがっている」――そこまで分けて見られたら、それでもう、半分は止まっています。
そして、もし一通送ってしまっても、それで終わりじゃありません。あの往復を思い出してください。あれは回路だから、どこか一点が少し変わるだけで、全体の回りかたが変わる。あなたが「これは台本だ」と気づけるようになると、相手の沈黙が前ほど大きな声に聞こえなくなる。聞こえ方が変わると、次の一手が変わる。完璧に止まる必要はなくて、回路を少しずつ緩めていけばいいんです。
古いから変えにくい、というところに、少しだけ補助線を引いておきます。成人の愛着の傾向は、何年かの単位で見ても、ある朝いきなり別人になるようなものではありません。といって、一生動かない固定された性質でもない――縦断研究では、ある程度の持続性と、暮らしのなかでの変化の両方が報告されています。(参考: 4, 5)固定された性質というより、持続しつつも動きうる傾向、という濃さなんですよね。だから「台本に気づく」みたいな小さな変化が積み重なる余地は、ちゃんと残っている。何が愛着を変えていくのかそのものは、ここでは深く立ち入りません。ひとつだけ押さえておきたいのは、不安型と回避型がペアになりやすいのも偶然ではない、ということです。その組み合わせそのものが関係の先行きに効いてくることが報告されていて、つまり、いま起きている往復は、たまたまではなく起こるべくして起きている、とも言えます。(参考: 6, 7)
引いていく側の沈黙にもその人なりの理由がある
引いていく側——いわゆる回避型と呼ばれる関わり方——の中では、いったい何が起きているのでしょう。想像でしかありませんが、こちらが一通送った瞬間に、相手は相手で何か落ち着かなくなっているのではないかと思います。こちらは「つながりが切れる」のが怖い。けれど相手は、近づかれること自体に、少し身構えるところがあるのかもしれません。逃げているというより、自分のペースを取り戻す時間がほしい、というような。
ただ、ひとつわからないことがあります。もし相手も相手で落ち着かなくなっているのなら、なぜそれが黙るという形になるのか。こちらは不安になると連絡を増やす方向へ行くのに、同じ「落ち着かない」が、相手の中では逆に、距離を取る方向へ出る。同じ気持ちのはずなのに、出口が反対になる。不思議です。
たぶん、こういうことなのだと思います。落ち着かなくなったとき、人は自分がいちばん安心できるやり方に戻ろうとする。あなたにとっての安心が「つながりを確かめること」なら、あなたは近づく方向に出る。相手にとっての安心が「自分のペースを取り戻すこと」なら、相手は距離を取る方向に出る。気持ちの種類が違うのではなく、その不安をどうやって鎮めてきたか、その手口が反対なのです。
しかも面白いのは、二人とも、過去にはそのやり方でちゃんと助かってきている、ということです。あなたは、近づいて確かめることで不安をしのいできた。相手は、いったん離れて一人になることで自分を立て直してきた。どちらも、その人なりに身につけた、まっとうな鎮め方なのです。
ただ、それが二人のあいだで噛み合うと、皮肉なことになります。あなたが安心するための一手——近づく——が、相手にとっては落ち着けない刺激になる。相手が安心するための一手——離れる——が、あなたにとっては怖い空白になる。お互いが自分を鎮めようとすればするほど、相手を揺らしてしまう。どちらも悪意はゼロで、むしろ必死に自分を守ろうとしているのに、その守り方がちょうど相手の傷に触れる向きになっているのです。
この見立ては、研究の側でもかなり揃っています。愛着不安の高い人は、感情反応を強める方向——過活性化——で不安を調整しやすく、愛着回避の高い人は、愛着にまつわる感情や情報を抑える・切り離す方向——不活性化——で調整しやすい。同じ枠組みのなかで、この二つの向きが繰り返し描かれてきました。(参考: 8, 9)さきほどの「鎮め方の向きが反対」という見方が、研究の側とも重なっている、ということです。
ひとつ付け加えておくと、回避型の「抑える」は、内側まで平気という意味ではないようです。回避の高い人は、表面では感情を抑えているのに、葛藤の場面では身体のストレス反応が立ち上がっている——そういう生理レベルの観察も報告されています。(参考: 3, 10)静かに見えても、内側ではコストを払っている、ということなのです。
だから、相手の沈黙を「拒絶」とだけ読まなくてよくなります。あれはあなたを切ろうとしている動きではなく、相手が相手なりに自分を立て直そうとしている動きでもあるのです。そう見えてくると、待てる時間が、少しだけ延びるはずです。
ただ、すべての沈黙がそうだとは限りません。なかには、本当に少し距離が要るだけのものもあれば、もっと注意して見たほうがいい沈黙もあります。その見分けには、最後にもう一度戻ります。ここではいったん、「沈黙にも相手なりの理由があることがある」というところまでで止めておきます。
回路はひとりの一手からでも回りかたが変わる
相手の沈黙が「立て直してる時間」かもしれない——そう思えると、ちょっとだけ肩の力が抜ける気がしませんか。
ただ、ここで引っかかることがあるはずです。二人とも自分なりに正しく自分を守っているだけだとしたら、これはどちらかが「悪い」わけじゃない。けれど、そのぶん、放っておけば永遠に同じところを回り続ける、ということでもあります。お互い良かれと思ってやっているのだから、自然には止まりません。
そうなると気になるのは、この回路は片方だけが変わっても緩むのか、ということです。相手がどう動くかは、こちらにはコントロールできません。自分ひとりが「あ、台本だ」と気づけるようになったとして、相手のほうは何も変わらないままだとしたら、それでもこのぐるぐるは、ほんとうに緩んでいくのか。
緩む余地は、生まれます。相手がまだ何かしら応答している関係であれば、ひとりの一手からでも、です。なぜなら、この「回路」は、二人が別々に持っている性質ではなく、一手と一手がつながって初めて回るものだからです。あなたが送る、相手が引く、その引きをあなたが怖がってまた送る——どの一手も、前の一手に反応して出ている。つまりこの回りかたは、ひとつひとつの反応がつながって、はじめて成り立っています。だとしたら、どこか一か所の反応が変われば、その先のつながり方も変わりえます。少なくとも、変える一手を出すこと自体には、相手の許可はいりません。
具体的に言うと、変わるのはあなたの「間(ま)」です。今は、空白を見た瞬間、ほぼ間を置かずに次の一手が出ます。そこに、「あ、台本が立ち上がってきた」と気づく一瞬が挟まると、すぐに返していたのを、ほんの少し——たとえば返すまでの間を四十分あけるだけでも——遅らせられるかもしれない。すると相手から見える景色が変わります。今までは、引いた直後にすぐ追ってこられて、立て直す時間がなかった。それが少し延びると、相手は自分のペースで戻ってこられる。戻ってきた相手の一手は、前ほどそっけなくない。そうすると、あなたが受け取る沈黙も、前ほど怖くなくなります。

この「間を置く」という一手は、じつは二つのことを同時にやっています。あなたが追わないこと。そして、相手を問い詰めて閉じさせないこと。引いていく相手を追いかけて理由を問い詰めると、相手はますます身を固くして口を閉じます。逆に、戻ってこられる余白を残しておくと、相手は自分から少し近づける。ひとつの動きで、追う側と閉じる側の両方に効くんです。
だから「相手は何も変わらないまま」というのは、たぶん起きません。あなたの一手が変われば、相手が受け取るものが変わって、相手の返してくる一手も変わる。あなたは相手を直接動かせないけれど、相手が反応する材料を変えることはできる。それで十分、回路は回りかたを変えます。
このことは、片方の関わり方が相手の反応に結びつく、という形で支えられます。あなたが、相手の不安定さに合った関わり方をする——不安の高い相手には直接的な安心や情緒的サポートを、回避の高い相手には自律性を損なわない控えめなサポートを——と、相手の不安定愛着にともなう否定的な反応がやわらぐ。こうした関わり方と反応の結びつきが、いくつかの研究で観察されています。(参考: 11, 12)ただ、これは「こう関われば必ず動く」という因果の保証ではなく、関わり方と相手の反応がともに動いている、という観察です。だから、ひとりの一手から回路の回りかたが変わりうるというのは、根拠のない楽観ではなく、こうした観察に支えられた見込みなんです。
ただ、ひとつ正直に言っておきます。すぐには見えません。最初のうちは、あなたが間を置いても、相手はこれまでの癖でしばらく引いたままかもしれない。それで「やっぱり変わらないじゃないか」と思いたくなる。でもそれは、あなたが投げ込んだ変化が、まだ往復を一周していないだけかもしれません。回路には遅れがあります。少しのあいだ、手応えのない時間を持ちこたえられるかどうか。たぶん、そこがいちばんの正念場です。ただ、持ちこたえることと、見切りをつけられなくなることは別ものです。どこまで持ちこたえるかは、次に話す見分けと合わせて決めることになります。
緩めているのかすり減っているのかを見分ける
見分け方をひとつだけ挙げるとしたら、あなたが変わったあとに、相手も少しずつ動いているか、ということです。さっき触れたとおり、変化が一周して返ってくるまでには時差があります。でも、何週間か持ちこたえても、相手の一手がまったく変わらない。短いままだったり、戻ってこなかったり。あなたが投げ込んだ変化が、一周しても、二周しても、何も返ってこない。そういうこと、ありませんか。それはもう「時差」ではなく、「往復になっていない」ということです。回路は、二人が反応し合って初めて回ります。あなたが投げ続けても、相手がどの一手にも反応していないなら、それは緩めるべき回路ではなく、すでに一方通行になっています。その往復がもう終わりに近づいているのかを見極める、という話にもつながってきます。
もうひとつの目印は、あなた自身の中にあります。間を置くことが、だんだん楽になっていくのか。それとも、置くたびに自分を責める時間が増えていくのか。回路を緩める「間」は、本来ならあなたに余白をくれるはずのものです。でも、その間を全部「私が我慢している時間」「私が至らない時間」で埋めているなら、それはもう緩めているのではなく、すり減っています。鎮めるための工夫が、いつのまにか新しい自責の台本になっている。そこは、正直に自分に聞いてみてください。何か月もあなたばかりが間合いを調整して、相手は乗ってこない。待つあいだにあなたがすり減って、自責ばかりが増えていく。もしそうなら、それは線の向こう側です。
ただし、ここまでの話がまるごと当てはまらない場面が、ひとつだけあります。安全にかかわるときです。「沈黙にも相手なりの理由がある」「回路は緩められる」——それが当てはまらない関係がある、ということです。相手が、その沈黙や不機嫌を、あなたを罰したり、相手の思いどおりにあなたを動かしたりするために使っている。何を言うか、どう振る舞うかを、こわくて先回りして見張ってしまう。相手にコントロールされている、と感じる。怒鳴られたり、力で押さえつけられたりすることがある。——もしそういう感覚が少しでもあるなら、それはもう「回路を緩める」という話の外側です。自分の一手を工夫することより先に、安全に相談できる窓口や、信頼できる人に、いったん距離を取って頼ってください。あなたの対応の仕方で相手の振る舞いが直る、という話を、そこに当てはめないでほしいのです。
そのうえで、外の力のことを言うと、二人だけでほどけないのは、どちらかが劣っているからではありません。二人とも自分なりに正しく守っているからこそ、自分たちの内側からは、その守り方そのものを疑えないのです。回路の中にいる人には、回路の全体が見えない。だから第三者、カウンセラーでも、信頼できる誰かでもいい、その力が要るのは、行き詰まったからではなく、外から一手を見てもらえる場所が、構造的に二人の中にはないからです。実際、カップル向けの感情焦点化療法を受けた二人では、その関係に固有の愛着回避が有意に下がり、安心に向かう行動が増えていく、という変化が、時間を追った研究でも確かめられています。(参考: 13, 14)第三者が入って効くのは、二人が行き詰まったからというより、回路の中にいる人には全体が見えにくいから——その見立てとも、ちょうど重なります。助けを借りるのは、降参ではありません。回路の外に、一度立つ、ということなんだと思います。
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